シノワローザ空間

お庭仕事や薔薇、植物、好きな事など

氣とお米の関係から少しだけスピリチュアルに探ってみる

 

 

『気』を使っている言葉の数々

言葉でよく使われる『気』とはなんでしょうか?

気のイメージ
気が強い、気がつく、気を遣う、気持ち、気落ち、気が合う、気のせいなどなど『気』という感じを使う言葉って実はものすごーーーく多いんですよね~。

元気、気に入る、気配、大気、空気、水気… … …

 

気は心、病は気から、気のもちようなんていう言葉もありますが、気は心、ほんの少しのものであっても、そこに真心、誠意がこもっている、という意味です。

東洋医学での気功術も、人の身体から発せられる『気』の力を使って患者さんを癒しますし、武道家の方は気の動きも重要視されますよね。

遠隔気功術で猛獣を眠らせるなんて方もいらっしゃいました。

先日お話させていただいた、ホテル実習の怪談実話の中でも、気配がしたけれど誰もいなかった、というくだりがありました。

 

お米と気の関係

旧字体の気という漢字は『氣』と書きますが、中に米が入っております。

お米から気をいただく、という意味ですね。

身体の調子を崩した時、日本人は重湯からお粥、おじやへ。

それだけお米のもつ気がものすごいパワーと栄養を秘めているということかと思います。

ベース中のベース。

お米は稲ですが、稲は『命根』とも書きますのでお米党の私としましては、フッ、小麦粉には勝ったなという気分です(笑)

今は米粉もあり、小麦粉と同じように使えたりもしますし。フフ、米の勝ちだな。

たとえ今月の生活費が切迫しようとも、お米さえ買えれば生きていけるとも聞きます(実験したことはありません)。

 

気と米は一心同体であるからこそ『氣』なのだということだと思います。

 

農耕民族である日本人には、生きていくための稲作といものが根づいております。

稲

ご飯を食べる時に大人から、お百姓さんに感謝しなさい、米粒を残さず食べなさい、残したら目が潰れるよ、1粒のお米には八百万の神様が宿っている、というような注意を私は受けました。

今はそのような躾はあまりされていないと聞きますが、本来は大事なことのはず。

 

私の祖父母は生前、ごはんを食べた後、お茶碗にお茶を入れて飲んでいまして、普通はティーカップか湯呑みですので、ちょっと行儀が悪い気もしますよね?

でも大人になってから気づいたんです。

 

大切な稲という植物=ごはん、をたとえ1粒に満たない残りであっても無駄にしない、そういう気持ちがあることに。

それでお茶碗にお茶やお湯を注いで溶いて飲んでいたんですね。

食べる物に困っていた戦争の時代を体験してきたからこそ、粗末にはできないということだったんじゃないのかなと。

今はそのようなことをする方はほとんどいない、それだけ飽食、食糧があることが当たり前、無駄にすることも当たり前という意識ができあがっているからですね。

 

さて、気は心という言葉の意味のように、心は精神とも。

電磁波、電波、ウィルス 微生物やバクテリア、目に見えないものでも存在はしますので、気というものも確かに存在します。

 

科学的、医学的なことは私にはわかりませんが、気=心、精神、エネルギーであるとすれば、脳の司る分野なんでしょう。

心根が清い・良くないというのも、その方の物事の考え方=精神=心から発せられることなので、心根の良くない方が悪い気(エネルギー)を発している、といういい方も、あながち間違っているとはいえません、むしろそれは合っているのかなと。

 

虐待など成長過程での影響は後天的なものですが、連続猟奇殺人者の多くが脳の一部に欠陥がみられるという統計もありますので、ストーカーなどもそうなのかもしれません。

もちろん犯罪すべてが脳の構造のせいだという定義はできないとは思いますが。

 

運がいい

気がする…

ということはありませんか?

~という気がする。

これって、実はすごく大切なことで、私の場合、それに従って間違ったことはほとんどないといってもいいくらいです。

心の声とでもいいますか、直感とか閃きとでもいいますか、これって危険回避の生き物の本能では?

もしかしたら脳の使われていない部分の成せるワザ?

超能力や霊能力などはその領域であると、よくそういわれますよね~。

 

ピン、とくる。

 

シャイニング(笑)

直感のイメージ

たとえ海の水の中でも気配、気は感じます。

周りにいる生き物の気配、何かが寄ってくる、迫ってくる気配。

そして得体の知れないモノの気配(エネルギー)を感じる。

気、です。

海の中はまだまだ解明されていないことが多い領域ですので、現実に生きている不思議な生き物、UMA、目には視えないナニか、は存在していると思います。

 

たとえば、海深く潜っているのに歌が聴こえてきたとか、人の話し声が聴こえる、という怪談もありますし、バミューダートライアングル海域的に乗り物そのものの消失や、船上の人間が全員そのまま消えてしまった… まだ淹れたてのコーヒーやお料理などがテーブルには用意されていたのにとか(有名なメアリー・セレスト号など。それ以外にも同じようなケースあり)、不可思議なこともございます。

そもそも海自体が未知で神秘的な自然のものですし、遭難、海難事故も多いので魂の拠り所になっているということはあると思います。

ひと気のない浜辺で夢中になって貝拾いをしていたらふと、背後に濃厚な人の気配がしたので振り向くと誰もいなかった。。。

 

過去、何ゴトかあった場所に行くと、なんだか嫌な感じ、気がする。

これらも、気、です。

オーラと呼ばれる物体を包む光が視える方がいらっしゃいますが、それも気ですよね。

仏様の後光、これも?

神様的天使的なものが描かれている絵は輝きもまた一緒に描れている… これもそうなのではないでしょうか?

 

よく乗り物の事故が起きた時に、それに乗るはずだった方が、なにかしらの理由で乗らなかったらその乗り物が大惨事に。

運がよかった、もし乗っていたら。。。

という話がありますよね。

九死に一生の事故や災害、タッチの差で助かった…  そんなこと。

虫の知らせ、直感、第六感、いろんな当てはまる言葉がありますが、運がよかったというのは、運気がよかった、ということで、これも、気、です。

 

野生の生き物の本能的なもの。

人間の脳のどこかに、この引き出しがあるんだと思うんですよね。

それはたまにしか開かない引き出しで、でも、いつも気を発していますし、受信している。

それが意識上に昇るか昇らないかの違い。

 

『米』から『氣』へ。そして『運』へ。

 

すべてはつながって流れていっている。

そんな気が、します。

 

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