シノワローザ空間

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伏見稲荷神社のお参りMy Way

ゆうに3000社近く、細かいものまで数えたら何万もの数が存在するといわれている稲荷神社。

ダキニの仏教系稲荷ではなく、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)の伏見稲荷神社の方のお話ですが、みなさまがご存じの通り、総本山は京都にある、伏見稲荷大社ですねー。

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私が普段お参りさせていだいている伏見稲荷神社の稲荷神も昔こちらから勧請(かんじょう・本社から分け霊をお迎えして、そこにお祀りすること )された神様で、私は無宗教人間ですが、こちらにはそこそこ定期的にお参りをさせていただいています。

 

 

信仰か信心か

信仰といいますと、とたんにかなりかけ離れ感がありまして(笑)、『信仰』、それは常にストイックで志を高く保ち、何事があろうと一心に神を信じ、というイメージがあるんですよね。

それは能力者であったり、家業であったり、由緒正しい専門職の方々がされること、と思っているので私のは『信心』といった方が、しっくりきます。

みなさまの中にも、そんな信心している神社やお寺があるのではないでしょうか。

信心なら、堅苦しいものにとらわれず、自由に信心していいわけですよね。

鰯の頭も信心から、です。

この意味は、イワシの頭なんかでも、それを信じる人には尊いものだと思えるものだ、という意味です(笑)

イワシの頭を神棚に飾り、どうぞイワシの神様、とやっている方もいるかもしれません。

 

なぜそこにお参りをするのか

なぜ山に登るのか。そこに山があるからだ。ではないですが、なぜそこにお参りをするのか。

神社仏閣はもともと好きではあるんですけど、御朱印は集めておりません。

少し前に『御朱印女子』という、神社にお参りをして御朱印を集める方が流行ったことがありますが、御朱印はその神社ごとの個性があるので見ると確かにおお! と思うんですが、集めることの方に意識がいきがちになるので私はべつにいいやと(笑)

 

要するに、ただこの神社が好きなのでお参りをしているだけなんですよね。

そこの空気感、雰囲気が好きなので、愛ゆえに通っている。

そして自分自身の感覚で、ここは確実に神様と眷属様がいらっしゃるだろうと感じている、ゆえにお参りをさせていただいております。

なぜお参りをするのか。そこに神様がいるからだ(笑)

気軽なんですよ~♪

 

参拝My Way・御札と御守り

例のアレですよ、ホテルの部屋、飾られている絵の裏にはそれが貼られているじゃないか(これはウソだそうです)、廃墟に足を踏み入れたらそれだらけ。

伏見稲荷神社の『御札』でございますが、御守りとあわせて、年の始め、初詣の時にいただきます。

初詣ですので、それが何かの事情で3月になったとしても『初詣』ですので、その時に、前の年のものはお返しして、新しいものを。

ちなみに混雑する1月中頃までは、人を見にいってるようなものなので避けています。

いただいてきた御札は2階の、人の頭よりも高い位置に貼ります(神様は人間の私よりも高い位ですので)。

 

おみくじ、これは神様のお言葉なので、自分が何かに行き詰まったり、指針が欲しいという時だけ、ひかせていただくので初詣の時は特にひきません。

読むところは、項目別の欄ではなく、百人一首みたいな和歌のところで、吉であっても凶であっても、テイクアウト。

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時々読み返して、そのお言葉について考えたいからなんですけどね(笑)

お守り代わりにもしています。

 

参拝My Way・お参りこんなふうにしています

ぶっちゃけ私は『神社の正しいお参りの仕方』、『正しい御手水の仕方』もしていません。

二礼二拍手一礼など、神様に失礼にあたらない『正しいお参りの仕方』、よくブログなんかにもありますけど、面倒(笑)

ですので、私のしていることは神様に対して失礼だろう、もっての他だとおっしゃる方もいらっしゃいますでしょうし、神職の方にも、もしかしたら注意を受けるかもしれません。

『しきたり』、これはあとでお話をさせていただきますが、は~?知ったこっちゃねぇ、でございます。

そう、なにより『気持ちがいちばん』と思っているからですね。

それこそ人と人との基本的な礼儀、それを自然にしていればいい、その考え方でお参りをさせていただいております。

 

人はみんな違う、きっと神様もみなさま違う(たとえ同じ稲荷であっても)、専門職でもないのにギチギチの型にはめることはないじゃないですか。

誰かに対してギチギチにプロテクトしていたら、その誰かと、どうして仲良くなれるでしょうか。

神様と人間は違う、その理屈はわかりますが、感覚や直感を大事にしている私には、それはただのヘ理屈に過ぎなく、その神社で私が感じたことすべてが、自分にとっての事実なので、マニュアルはノーサンキュー、ノーニードですね~(笑)

 

参拝My Way・具体的にはこんなです

参拝させていただく時、まず、神社の入口である鳥居の手前で一度、本殿に向かって一礼をします。

よその家に入る時、普通、挨拶もされずに入られる方はいらっしゃいませんよね、それと同じなので。

 

なるべく参道の端を通って(本来は神様の通り道なので真ん中は失礼かと)、御手水をします。

テキトーに左右の手を清めてから、左手で水をすくい、口の中をゆすいで、持参したタオルに吐き出します。

たまに、あっゴックン… まぁしょうがない、という時もございます。

手は自然乾燥、洋服でこすったり(笑)

左手で水を、というのは左手は心臓、ハート、心に近い、そしてパワーも左手から入り、右手からは自分のエネルギーが出ていくからです。

 

そこから拝殿へ、のそのそ上がらせていただき、神様だというご神鏡の前に。

鏡がね、神様なんですよね、日本の神話も絡みますし由来は複雑ですけど、本物の神様は視えませんので、仕方なくその鏡を見ます。

見よ鏡を。そこに我が映る、ゆえに神は己の内に宿る、ともいいますが、まぁなんとなくです。

ここから先の順番は『完全にその時のランダム』で。

 

  • 鈴祓い(鳴らす)
  • 一礼する
  • お賽銭を静かに入れる
  • 2回柏手を打つ
  • 目を閉じ、お願いをしないでいつもありがとうございますとお礼を念ずる(たまにお願いをする)
  • 一礼する

 

つまり、お辞儀は2度していますので、ざっくりいうと二礼二拍手、ということになりますが、たまにお辞儀は1回しないこともあります。

でも、1度は必ずご挨拶はするので、まーいいやーと。

 

奥宮がございますので、だいたいはそちらにも同じようにお参りをします。

七五三や結婚式などで神社が賑わって、家族連れなどが多い時には、お邪魔をしないよう、奥宮は避ける時もあります、その方々の特別な日ですので、老兵は去るのみ(笑)

 

このようなテキトーでも、罰を当てられたことはありませんし、むしろ助けていただいていることの方が多いかと(いいのか?)。

 

参拝My Way・しきたりと行事

規則(ルール)や礼儀は社会の中では存在しませんと、大勢の人間がばらんばらんの勝手になりますので大事なことですが、ケースバイケースで、ものによってはあえて守らないこともあります(学生の時とか…)。

でも個人のお参りですし、よっぽど礼儀に外れなければ、自分流でいいと思うんですよね。

神社内にゴミを捨てる、ペットの糞を放置、他人の悪口をいうとか、そのようなことを避ければ。

 

でも『しきたり』。

しきたりとは『以前からそのようにしてきた事、ならわしごと』という意味です。

よく家のしきたりとか冠婚葬祭のしきたりとかいいますよね。

そういうの好きじゃないんです(^_^;)

今までは○○だったから、これからも○○だ。

もちろんそういうこともあるでしょうけど、でも、

 

物事は生々流転なのに?

人間そのものも変容するのに?

 

…必要があると思えるのに、変えないの?

 

変えるということは、確かにエネルギーもたくさん使うでしょうけど。

 

でも、そのしきたりが、様々な要因で合わなくなることもあると思うんです。

それなのに『しきたり』だから従えと?

私は自身で考えて行動したい派なので、性に合わないです。

といっても、べつにアウトローだとかイチイチわざと逆らいたがるような人間ではありません(笑)

 

たとえば冠婚葬祭のしきたりのような大例がありますよね、よって行事も苦手です。

つきあいもないのに義理や数合わせで出席とか、しきたりだからこうしろ、とか、面倒(笑)

ある意味、しきたりはとても日本人的な考え方ですよね。

集団で右、左に従う、同じことをしなきゃいけない。

安心感はあるでしょうけど、そこには個性と変革が感じられません。

 

稲荷神は狐じゃない

稲荷神は狐ではなく、穀物の神様の宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)様方です。

基本的には狐は稲荷神の神使、御使いであり、神様を護られている眷属神といわれている神様ですが、本家京都の伏見稲荷大社では見た目が白狐様、が稲荷のこともあるようです。

 

よくここらへんが混ざって、稲荷は怖いとか祟るとか信仰してはいけないとかいわれますが、確かに自宅に神棚まで造って神様に来ていただいたものを放置、ということは絶対にNGですし、こんなんじゃ稲荷神だけじゃなく、どんな神様にだって怒られて当然ですよね?

私だって、呼ばれてわざわざ伺ったのに放置されたら怒ります(笑)

 

井戸も勝手に埋めて祟られたとか、地鎮祭省いて祟られたとかいうお話もありますが、あんた、そんなの当たり前じゃんか、と。

そこには敬意がないから怒られるわけで、これも人つきあいと変わりません。

でも神様は人間の感情には疎いといわれていて、情というものは通じにくい、それで眷属様がいらっしゃるのだともいわれています。

 

お供えもの

稲荷神社では、たまにお願い事をして、そのおかげがあった時はお礼参りに行く時がありますが、そのような時や気が向いた時に(ナニサマだよ)お供えを持参することがあります。

私もたまに見るんですけど時々、油揚げが置かれていますが、この稲荷=油揚げは、

 

Wikipediaより

俗に「キツネの好物」とされ、故に稲荷神には、油揚げを供える。キツネの好物とされた由来には諸説あるが、昔話などではキツネの好物はネズミの油揚げとされており、殺生を禁じた仏教の影響もあってかわりに豆腐の油揚げを供えたものという。

 

ということですので、べつに稲荷神様や眷属様が我らは油揚げが好物での、とにかくドンドン持ってこい、といわれたわけではありません(笑)

油揚げはべつに… むしろ和菓子じゃないかなぁと、個人的には感覚で思います。

和菓子、特に中にあんこが入っているものとか。甘いものです。

人間が食べて大変美味であるぞい、というものはたぶん、神様方も大好きなのではないでしょうか?(笑)

もちろん本格的な供物には、このような気軽なものは備えず、それこそしきたりで、お米やお餅、旬の果物とか、そのようなものですが、こっちはまぁ個人ですから。

いいじゃないですか、洋菓子・治一郎のバウムクーヘンでもクッキーでもマドレーヌでも。

最中、お饅頭、どら焼きでも。

 

ただ、神社のご迷惑になってしまってもよくないので、直会的に考えて(なおらい・祭事の後に供物を下げて人間がいただく宴会。下げた供物のこと)イチゴのショートケーキとかアイスクリームとか、ナマモノの日持ちしないものは×ですねぇ。

おはぎはいいなとは思いますが、まず日持ちがしませんよね(笑)

 

真打ちはやっぱり日本酒

日本酒はお米から作られているものでもともと神饌ですし、御神酒、そしてやっぱりおいしいんです(笑)

あら、おいしいお酒ならワインでもいいでしょ? ブランデーはどうよ? 焼酎は。

いいかも? ですがちょっとわかりません、私、お酒は日本酒以外はお供えしたことがないので(^_^;)

でも悪いってことはないと思います。

何度もいいますが『気持ち』ですから。

 

ですのでいつも日本酒と最中やお饅頭あたり。

でも、日本酒以外のお供えものは実は社務所にお預けします。

お供えは本来は神様の御前にするべきでしょうけど、神社を管理されているのは人ですので、神様と人、両方をたてて、神様と御一緒にといってお渡しを。

 

お酒はフタを半分開けて、そのまま御前にお供えしますが、食べ物に直接これをしてしまうと、カラスや猫ちゃんなどに荒らされて散らかる可能性もありますので、ご迷惑がかからないように社務所行き。

 

このようなことはあるかはわかりませんが、もしも社務所の方がそのままおやつに食べてしまったとしても、いいんです(笑)

私が神様と御一緒にと言ったことが大事で、気は心、言霊といいますから。

社務所の方が食べても、きっと神様も一緒にいただいてくださるだろうと思っています。

直会ですねー。

 

参拝My Way・ご利益といいますが

お参り、特に初詣の時に願掛けをなさる方は多いと思います。

深刻なものから軽いものまで、その方の心内はその方なりで、ツラい時、苦しい時、お願いをします。

困った時の神頼みですが、人はそのような窮地の時だけ、神様に頼みこみ、願いが叶う、またはその時期を脱してしまうと、もうお参りもなし。

心の中にも神頼みは優先順位から抜け落ちます。

まぁそういうものですが、他人に何かしてもらったら、ありがとう、とお礼をいいますよね。

ということは、お願いが叶ったらお礼参りをするのはやっぱり礼儀かと思います。

 

友だちがある時、おみくじをひきましたらその文言に『苦しい時だけ神に頼り、あとは…』みたいな内容が出てしまい、苦笑いをしていました。

神様、全部お見通しなんですよね(笑)

 

ご利益はあると思います。

でも、その願い事に対するものだけがご利益なんでしょうか?

私は普段の生活の中にこそ、ご利益=神様のおかげ、があると感じます。

困ったなぁ、どうしたらいいの、と思っている時や、こうなったらいいのに、と思っているとその通りになる、意識しない時でもラッキーなことが起きる、そのような恩恵に預かることが多いと感じます。

引き寄せの法則みたいなものでしょうか。

人によっては、そんなのはただの偶然だし、こじつけだよ、とおっしゃるかもしれませんが、私自身はそう感じます。

 

お願いをしてもしても叶わなかった、ということもあると思いますが、そのようなことは後になってから、それがどうして叶わなかったのかがわかることもあります。

それは、叶えない方が結果的にはその方のためになると、神様はやはりずっと先までご存知のようで、それがあるから叶わなかった、ということもあります。

 

私は霊能力でもスピリチュアルカウンセラーでもないので、稲荷神が、眷属が、守護霊や指導霊、天使、先祖、はたまた悪霊、生霊まで、その他もっと複雑にいろいろいらっしゃるのではないかと思いますが、どのようなものがどのように、生きている人間に対してアプローチをされているのかはわかりません。

でも、不思議なことは多くありますので、繰り返しになりますが、あくまでも自分の感じたことが真実と思っております。

 

参拝My Way・その他

ご先祖様は心の中で大事に思っているけれど、物理的なお墓参りは面倒です。

気が向けば行きますし、気が向かなければ行きません。

お墓行かなくても心の中でいつも想っていればいいじゃん、家でお香でも焚いてさ、そんなふうに思いますが、お坊さんはやっぱりちゃんとしないとっておっしゃいます(商売でもありますし)。

お経をあげていただく、ということも大事なことなんだそうで。

私ならお経よりも、水とお供えとお花、お香が欲しいですが(笑)

 

目に見えない方々はみなさん、飲み物や食べ物、お線香の煙、お経の『気』をいただくそうなので、お仏壇に、おじいちゃんの好きだった緑茶とカステラをお供え、あ、不衛生だし乾燥しちゃうからラップしよーというのは、あまりよくないそうです(超現実的です)。

ちゃんと見だしでお供えをしませんと『気』を召し上がれないからだそうですよ。

乾燥しても、ここはやっぱり見だしです。

それもあるので、私は神社でもお供え物は、社務所に預けるんですけど。

 

このようにいつもランダムにちょこっとお参りをさせていただいて、満足し、まったりして帰ってきます(笑)

 

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