シノワローザ空間

お庭仕事や薔薇、植物、好きなことなど

想いの果てに待つモノ

旧い建築物には、明治から昭和初期くらいの、モダンな和洋折衷の造りがありますよね。
文豪の住んでいた洋館、富豪の遺した旧◯◯邸、華族のお屋敷などを改築したものなど。
当時の面影を失わないよう忠実に、丁寧に改装を続けながら保存され、資料館などになり、開放されていたりもします。

古い建築物
内装やインテリアは和と洋が、絶妙なバランスでミックスされていて、ひとけのない静寂の中、カチコチ…という古時計の刻む音だけが妙に大きく響き、まるで違う時の流れ方をしているかのように感じることがあります。

和洋折衷の部屋
そのような時にこそ。
もしかしたらパラレル的に、過去と現在の時の流れが交錯してしまうような、不思議なできごとが起きたりするのかもしれません。

 

ふと。
自分ひとりきりのはずなのに、ほら、今すぐそこに…
まるで誰かがいるような、人の体温と濃厚な気配を感じることがありますから。。。

 

今までのこのシリーズの中でも何度か書いておりますが、建物の記憶、かつてそこにいた人々の想いが刻まれている、それがこのような感覚を引き起こすのかもしれませんね。

 

このブログの記事『マカン・マラン 二十三時の夜食カフェ』でも紹介した、作家・古内一絵さんの十六夜莊ノートという小説の主軸も、遺産として受け継いだ、古い洋館が舞台となっています。
そこで積み重ねられた歴史が、まさにテンポよく、生き生きとした情景で描かれております。

 

人に歴史あり。

同じように、大切に残されていく建築物にもまた重ねられた歴史あり、ということなのでしょうね~。

 

そして和洋問わず、そのような建築物には必ず憑き纏う、ある種のお話が(つきまとわない場合もあります)。

 

※ ここからのお話は実話となります。でも、怖くないです…たぶん。

 

 


神奈川県の古都、鎌倉市に、かつて古式ゆかしい和風建築のお屋敷がございました。

元々、因縁深く、特有の伝説にも事欠かない土地でございますね。

 

かなりの広さを持つであろうそのお屋敷は、縁側や格子窓、濡縁などもある、立派な建築だったそうですが、昭和の後期、時はじきに平成になろうという頃合いに、取り壊されてしまったそうで…。

今となればすでに古、と申しあげてもよろしい時の流れかと存じます。

 

さて今宵、秘に伝わる、哀しい幻の記憶を、ただいまからみなさまにお聞かせいたしましょう…

 

鎌倉の西方にあったというこのお屋敷には、女人がたったおひとりで住まわれていらしたそうにございます。

その美しさは当時、数々の花にたとえられたとか。
この御方、さる地元有権者のお妾さんだったと伝えられております。
お屋敷には雨戸はつけられてはおりませんでしたので、通りからでも二階の窓が、鬱蒼とした木々に囲まれながらも見えたそうでございます。

 

時が経ち。

 

お屋敷も、年月(としつき)を経た様相になって参りました。

二階の窓に当たるすぐ内側の部分は縁側の廊下。
木枠窓のさらに内側には、障子が見えていたことから、そのような構造だったと思われていたようでございます。

 

烏(からす)が夕間暮れの訪れを告げ…

やがて、宵闇に真夜の帳が降りてくるにつれ、二階の廊下を、ほどけかかりの日本髪を、つと乱れ垂らし、朱味を帯びた長襦袢の肩抜きをした女人が、ほと…  ほと、ほと… と彷徨う姿が垣間見られていたそうにございます。
闇に閉ざされているはずですのに、妙に鮮やかに、その姿を視られる方々がいらっしゃったとか。

 

或いは。

月のある晩などには幻想的にもほんのりとした月光に照らされて、窓外を見上げる美しい顏(かんばせ)までもが、なにゆえか、視えたと申します。

f:id:hanairoryuka:20210130135028j:image
悲しみに縁取られたその白き面。

不思議と年月(としつき)を感じることのできないその姿は、すでにこの世のものではない証…
なれど、瞳にだけは奇妙なほど、斬(ざん)、とした強い光が宿り。

自死ても尚、自身の因果に囚われ続けるその御霊。

 

あれはね…旦那様の姿を求め狂い、幾夜も幾年月も彷徨い続けているのだよ…  と、地元内々では囁かれていたそうにございます。

 

ゆえに、このお屋敷は『日本髪屋敷』と密かに称されておりましたとか。

 

孤独に埋め尽くされた狂気の果てに、哀しい歴史もまた同じようにその屋敷には積み重ねられてしまっていたのでございましょう…

 

これは鎌倉が地元の友だちに聞いたお話ですので、たぶん検索しても出てこないと思います。
鎌倉という、とても狭いエリア内の、さらに内々のお話なんだそうですよ。

 

そのようにして人の哀しさは、始まりは愛と美しさに満ちてはいても、やがて燻る怒りと憎しみ、そして強い狂気を次第に生み出してしまうことがありますね…。
でももうその時には、人を呪わば穴二つなどという言葉の意味は、すでに心の中には無く。。。

※そろそろ、少しだけDEEPな事柄に触れます。といってもべつに私の呪いとかはかかりませんのでご安心を。

 

 

 

生きている人間の想念(生命エネルギー)は大変に強いものです。
良い法に転じれば、それは応援、助けという形で力強いパワーになりますよね。
でも冥い方に転じたら…?

 

それはみなさんもご存じの、恨み、呪いという根暗い類の形になり、ネガティブな思念、最悪、生霊とも呼ばれるエネルギーになってしまいます。
生霊といかないまでも、完全にマイナスエネルギーですよね…。

 

人を呪わば穴ふたつという諺は、有名です。
人を呪い、怨み祟るのであれば、自らにも同じような災いが降りかかってくると強く心しておきなさい、という意味のものです。

 

ですから丑の刻参りなども、満願成就の暁にはきっと、その方の何かを等価交換する羽目になるのではと思いますが、それがわかっていても行おうとするネガティブパワーはそら恐ろしいものですね。

跳ね返りは、自分をも呪う、呪い返しなのですよね。

ゆめゆめ、面白半分で執り行ったりはくれぐれもされませんよう。
人の凝(こご)った想念は、まるで魑魅魍魎のようなものかもです。

 

もちろん世の中は表裏一体、何事にも裏表はありますので、怨みを募らせる方が悪人とは限りません。

人助けをしたり思いやるという反面、暗部というものが人間という生き物には、必ずありますので。

 

池波正太郎さんの鬼平犯科帳長谷川平蔵の有名な台詞に、

『人間(ひと)とは、妙な生きものよ。悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事をはたらく。こころをゆるし合うた友をだまして、そのこころを傷つけまいとする』

と、いうものがありますが(似たような台詞はちょいちょい出てきます)、それは、人間のもつ本来の、ふたつの顔のことをいっています。

 

その通りなんですよね。
どんな人間にも善人のみの人はいなくて、善人であろうとする心持ちが大切なのですが、善悪あることこそが人である、という証明かと思います。

その一定の軌道を外れてしまうと、世の中を震撼させる、とんでもない事件が起こってしまいます。。。

 

呪いといえば、京都・蓮久寺の三木大雲ご住職の語られるお話の中にも、代表的な呪い・生霊のお話があります。

文春オンライン様からおかりしますが、『レンタル彼女』というお話で。

こちらは、三木住職様の本にも載っております。

さらに、このお話の続きで『鏡』というものもあり、ますます人のネガティブな心理の怖さを感じさせる語りとなっています。

 

きっと、人がこの世に生まれでたその時から、呪術、妖術は駆使されてきたに違いありません。
世界各地には『呪術師(シャーマン)』と呼ばれる方々が、未だいらっしゃいますので。

 

生霊は、紫式部源氏物語に出てくる六条御息所のお話も代表的な生霊で、悲しみと嫉妬から正室・葵の上を呪ってしまうお話ですし、作家・荒俣宏さんの書かれる陰陽師などをお読みの方はご存じかと思うのですが、政権を勝ち取るために相手を呪う、そんなお話もあります。

 

また、古代中国から土着的に伝わってきた手法では、犬神などもその類だと思いますが、蠱毒(こどく)など、あまりにも酷すぎると感じてしまうようなものまで。。。

人とはここまで残酷になれるのか…と、私などは身が凍える思いがいたします。

 

都市伝説のコトリバコなどもそうですね。
強烈な内容ですので、さすがにここに書くのは控えさせていただきますが、ひとことでいえば、陰惨で破滅的な呪いのお話です。

 

日本三大怨霊と称される崇徳天皇菅原道真平将門も元は人間でしたが、さまざまな理不尽な出来事から恨み辛みを募らせて、この世と人を怨み猛烈な祟りを起こして、その後、彼らを祀ることにより収め、反対にこのパワーを利用して護りとしましたから、人というのはおもしろく、知恵比べのような面もございます。

 

このように神として祀り、力を利用するということから考えても、やはり何事も表裏一体なのですよね。
毒をもって毒を制す、良薬口に苦し、という言葉もあります。

後者は、植物の持つ毒を、一定量を使うことにより、反対に薬として役立てる、でも飲んだら苦ッがーーー!!ということですので(笑)

 

というように、このようなお話は、きゃー幽霊見ちゃったぁ~というレベルなどよりも、はるかに恐ろしいことかと思います。

 

ブログトップへもどる

古物妖物ページへもどる

● つづき 神域そして神と呼ばれるもの