シノワローザ空間

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食べるのがうまい人

何かにつけ、人間ておもしろい。

いつもそう思うので、自分も気をつけなくてはと日々思っておりますが(笑)、目を通してくださった方に、そのおもしろさが伝わればいいなと思います。

 

 

食べ方にも一理あり

中でも、食べるのがうまい人っていますよね。

ものすごくおいしそ~~う、しあわせそ~うに食べる人(≧▽≦)

 

実は、あえて意識しておいしそうに食べる、というのは大変難しいのではないかと推察いたします。

TVなどでは撮影をされるため、他人に見られることを前提に食べなければならず、しかもお仕事でとはいえど、番組を見た人にも、録画という形でずっと残るんですよね~。

ドラマ『孤独のグルメ』も大好きなんですが、主演の井之頭五郎役・松重豊さんは本当に上手に、しかも大量のお料理をさばくものだなぁと、どの回を見ても、何度見ても、感心するばかり。

テレ東さんからおかりしましたが、松重さんのこの表情(笑)

孤独のグルメ

魅惑的~~♪

食べ方に表れるもの

食べ方にはその方の人間性や品性、育ちが知らずと表されてしまいます。

外食、飲み屋さん、カフェなど、いずれにしても食う・飲むです、たとえひとりで食べているとしても、そこには他人の視線はありますよね。

日本でいいますと、座った時の背筋を伸ばす姿勢に始まり、箸の持ち方から、皿回し(アイヤ~♪と棒で立てるアレじゃありません)、咀嚼音、口元周りへの気遣い、食べた後の食器類の状態など、一般的には家庭で教えられます。

 

他の人に不快な思いをさせることがないなら、べつにどのような食べ方をしても私はかまわないとは思いますし正直、私自身もそこまで他人の目を気にして飲み食いはしておりません。

おいしいものをおいしい! と思いながら食べるということが、実はなによりのマナーではないかと思いますので、しきたりや過度の気どっているとも思えるマナーはホントのところどうなの? と思えます。

せっかくのおいしいものにも集中できずに味がボヤけるじゃないですか。。。

おいしそうに食べている方を見ると、こっちもなんだか幸せな気持ちになりますし。

食べるものはお料理であり、マナーじゃないもんね、と心の中では思っています。

 

今、放送中のNHK朝ドラ『カムカムエブリバディ』でも、終戦後、和菓子屋たちばなの主、金太が母と妻を空襲で亡くした後、再起し心を込めて作ったおはぎを兵隊さんや子供たちが、うめえーーー!! と頬張るシーンがとても印象的でした。

 

思い当たる方はふたり

でも、こうしてそのことにフォーカスしてみると、過去にはふたりほど、これは…? と感じた方がいらっしゃいます。

たったのふたりですから、多くの方はちゃんとおいしく召しあがっていらっしゃるんだと思われます。

純粋に考えるとこのことはおもしろいので、どのような育ち方をしてきた人だろうか? と思いを巡らせます。

だって一般的な水準の生活をされている方にも関わらず、人にそう感じさせるわけですから(笑)

今まで学生生活や社会で他人と会食することもひと通りには経験はしてきているはずだろうに、不思議とその方の食べ方は変わらない。

もしも打ち合わせなどの会食で、取引先の方と食事をして、その方がこちらに不快な思いを抱いたら、世の中、仕事に差し支えることだってあります。

今はコロナで会食の機会は減りましたが、それでも、そのようなことってあるんですよね。

 

某方・お茶碗にごはん粒を残される

お皿でごはんが出てきた時には、日本のお米は粘りがあるので、きれいに取りにくいというのはありますが、これはお茶碗の時でもです。

コロナ前までは何度もご飯をご一緒させていただことが多かったんですが、その方だけは必ずきれいにごはん粒を食べないんですよね。

同席の方がきれいに食べても、その方だけがいつもそのようにされます。

とはいえ今、若い世代ではこのような方も増えていると聞きます。

ということは、食べ物の大切さ自体をお家で教わらない方が増えているということなのかもしれませんが、私が会ったその方はすでに60代の女性です。

 

レストランでは、ごはんを食べきれなければ量を減らしてもらうこともできますが、その方は、ただ、残されますし、完食されてもお茶碗に粒々くっついています。

食べきれないのはそれぞれみんな腹具合が違いますので、お重のようなものですと残してしまうこともあります。

でもお茶碗やお皿に盛られるごはんは、食べきれるかどうかは大人ならある程度予想はつけられると思うんですよね。

食に関するしつけが緩い家庭で育ったんだなぁと推測できますし、その方の性格もよくいえば大雑把であり、他人の目もあまり気にすることがない、よくも悪くも影響を受けにくい、よくいえば、おおらかな方だと思います。

ごはん粒は残すな、目が潰れるぞ、もったいない、きれいに食べないのは恥ずかしいことだと教えられましたので、私は見ていますと、みっともないな、と感じます。

そんなの人の勝手でしょ、とはよくいいますが、複数で食事をしている席では、少なくとも目が見えれば相手のそれは明らかなので、どうなんだろうと思います。

やはり仕事ですと影響がないとはいいきれませんし、もしも印象がよくなく、その仕事がダメになってしまったら、そんなの人の勝手でしょ、とはいえないですよね。

 

某方・パンの耳は飾りだぜ

もうひとりの方は当時20代の男性でした。

某企業の社長さんのご子息で、お父さんの会社に入ってこられたんです。

研修で某所に泊まった翌朝の朝食に食パンが主食として出されますと、その方はパンの耳を取り、残されました。

聞けばそのようにしつけられたそうで、それが上流の上品でカッコいいことなのだそうです(今すぐパン屋に土下座しろ)。

どうやら、食べ物を粗末にしてはいけないとは教わらなかったようでした。

ごはん粒残すよりタチが悪いです。

 

食パンの耳は食べられないほど岩石でもなく、焦げてもいませんし、硬くはないはずですが(それともよっぽど歯が悪いのか?)、端っこを不要なものと判断し、裕福であるとみせかけるために残すことが、その『裕福』の象徴であり、上流階級のたしなみなのだと思われているようでした。

気の毒ですが、このようなことをすることで、かえって彼の育った家はお金だけはそこそこあるものの、食べ物に対しては敬意のない、品性の貧しい家庭であるということを暴露してしまっています。

両親がどのような価値観の人たちなのかもおおよそがわかってしまう。。。頓珍漢と思われる感覚の持ち主だということが。

もちろん、ご本人は優越感でそれをされているので、気づきませんが。

私は不幸なことにコイツの真隣りで朝食を食べていましたので、これを目の当たりにし、呆れると同時にとても不快でした。

 

 

世界的富豪でもないのに小金持ち気取りやがって何様のつもりだよ、もったいねえな。

そのパンの耳4本で命をつなげられる人間だっているんだよ。

(ドリフターズの)ブーちゃんがいってる1円を笑うものは1円に泣くって言葉知らねえのか。

おまえなんか個人的食糧難の貧困になってみみろ、愚か者が。

 

言葉が悪いですがその時、正直そのように感じました。

ああ、この場合は富豪かどうかは関係ないですね、お金の問題ではありませんので。

 

煉獄さんのように食え

パンの耳でも、うめえ。

ごはん粒ひとつでも、うめえ。

ブタめんひとつでも、うめえ。

八ツ頭も、うめえ。

なんでもかんでも。

うん、うまい!!

 

そんなふうに食べてくれる方は、気持ちがよく、好感が持てます。

お料理は、作ってくださった方に対しても、ありがたい、おいしい、だからきれいに食べよう、という気持ちかなければ申しわけがないですよね。

 

あ、煉獄さんご存知ない方に。

鬼滅の刃』に出てくるキャラクター、煉獄杏寿郎です。

食べるとうまい人(笑)

鬼滅の刃・煉獄さん

煉獄さんも『孤独のグルメ井之頭五郎も、たいしたヤツです(笑)

 

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